2006年の桜を二人で見ることは出来なかった。
3月26日、47年の生涯を最期の最期まで生ききり、夫俊明は逝ってしまった。
「病気という状況に甘んじて、消極的に暮らしていくのではなく、もっと前向きに人生を進めていきたい」というのが、病に冒されてから11年間の、彼の信条だった。その言葉通り、彼は篆刻を始め、銅版画を始め、そして小説「逃げれメロン」を書き上げた。2005年10月のある日、彼は自分で製本したこの作品を私に手渡してくれた。
彼が天国に旅立ったあと、この小説は私だけのものとして埋もれつつあった。彼のいない毎日はとてもとても長く、地の底に沈みこんでしまうように気力を失っていたから。しかしそんな私を友人や家族が一生懸命に励ましてくれた。「萬年さんの本を出そう」と言うのである。
彼も多くの人に読まれることを望んで、この小説を書いたにちがいない。そう考えると小説だけではなく、病気と闘いながら、また病気と共存しながら製作した篆刻・銅版画の作品も載せたい、彼が主催した劇団デパートメントシアター・アレフの公演記録も、この本に収めたいと思いが広がっていった。
最初、彼の本をまとめる作業は私にとって、とてもつらいものだった。あまりにも想い出が多すぎた。走馬灯のようによぎる想い出に、すっぽり浸かってしまって一晩中泣く日もあった。しかし暫くするとそれがつらいものではなくなっていった。過去を振り返り、彼と共に同じ方向をむいて走ってきたことを、再確認することが出来たからだ。そして彼の生涯のうちの、27年間を共に歩み、共に生きてこられたことを、心から幸福だとも思えたからだ。
この小説を書き終えた後、「自分の出来ることはとても限られているが、だからこそ、その限られたことをこつこつ深めていきたい」と言っていたのを思い出す。彼は自分の置かれている状況を真摯に受けとめ、その中で一日一日を丹念に精一杯生きた。彼が身を持って教えてくれたように、私も前向きに生きていかなければと思っている。
「時間が必ず解決するから、がんばれ」と言い残して逝った、彼のエールが聞こえるような気がする。
一歩一歩前へ、確り歩け、背筋伸ばして元気に歩け。
「逃げれメロン」 あとがきより
一周忌に、多くの友人の力を借りて、この本を出版することが出来ました。 たくさんの方々に読んでいただけたら幸いです。
萬年 和子(斉藤 わこ)
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